top of page

​ソマティック・エクスペリエンシング®(SE™)

ソマティック・エクスペリエンシング®(SE™)とは

〜身体の声を聴き、トラウマを癒す〜

身体の感覚を通じてトラウマを解放し、自律神経を整えることで、心と体の回復をサポートする療法です。
過去のトラウマを無理に思い出すのではなく、身体の自然な治癒力を活かして回復を目指す点が特徴です。

ピーター・A・リヴァイン博士(Peter A. Levine)によって開発されたこのアプローチは、
心身の自然な回復力を引き出し、過去のトラウマによる身体的・心理的な影響を解放することを目的としています。

特徴① 身体感覚に注目する

過去のトラウマを言葉で詳しく語るのではなく、身体の感覚(緊張、熱さ、冷たさ、しびれなど)に注意を向けます。
身体の自然な自己調整能力を活かし、無理なくトラウマの解放を促します。

特徴② 神経系の調整

自律神経(交感神経と副交感神経)のバランスを整えることで、
過覚醒(不安、パニック)やフリーズ状態(無気力、解離)からの回復を目指します。

「ペンデュレーション(揺れ戻し)」という手法を用い、
安心感のある状態とトラウマ反応を交互に行き来しながら、少しずつ耐性を高めていきます。

特徴③ ゆっくりとした安全なプロセス

急激にトラウマを思い出させるのではなく、少しずつ処理することで、圧倒されることなく回復を促します。

「リソース」と呼ばれる安心できる感覚や経験を活用し、セッションの中で安全な土台を作ります。

SE™ ソマティック・エクスペリエシング®

ソマティック・エクスペリエンシング®を、より深く知っていただくために

 

私たちの心と身体には、自然の計画ともいえる本能的な反応があります。それを理解するために、まず「インパラ」という野生動物の行動を見てみましょう。

インパラの行動から学ぶ

アフリカの草原で暮らすインパラは、チーターのような天敵が近づくと、風の匂いで危険を察知します。毛を逆立て、全身を緊張させ、周囲を警戒します。危険が去れば、再び草を食べながらリラックスします。

しかし、もしチーターが急接近してきたら、群れは一斉に逃げ出します。それでも逃げ切れず、若いインパラが捕まりそうになると、突然地面に倒れ、まるで「死んだふり」をするように動かなくなります。

これは本当に死んだふりではなく、「不動(フリーズ)」と呼ばれる本能的な防衛反応です。死の危険が迫ったとき、哺乳類の身体は自動的にこの状態に入ります。

 「不動」反応の大切な意味

生きものが命の危機に直面したときには、3つの反応があります。それが「闘う(ファイト)」「逃げる(フライト)」「凍りつく(フリーズ)」です。

中でも「不動(フリーズ)」反応は、あまり知られていませんが、人間のトラウマを理解するうえでとても重要です。この反応には、2つの大切な目的があります。

① 最後の生き残り戦略

「死んだふり」をすることで、捕食者の注意が一瞬それ、命が助かることがあります。インパラの場合、チーターが獲物を安全な場所へ運ぼうとしたとき、凍りつきの状態から目覚めて逃げるチャンスを得ます。

危険が完全に去ると、インパラは全身を震わせて、身体に溜まったエネルギーを放出します。こうして再び自分を取り戻し、日常の生活へ戻るのです。

② 痛みの回避

「不動」反応は、身体を変性意識状態に導き、強い痛みを感じにくくします。捕食者の爪や牙による攻撃を受けるときでさえ、インパラは苦しみを感じにくいのです。

現代社会における「不動」反応の誤解

私たち人間は、「動けなくなる」ことを臆病さと勘違いしがちです。けれども、それは本能的で自然な反応です。

この反応は、死に近い状態と関わるため、私たちは無意識のうちに怖れ、避けようとします。しかし、本来この「不動」反応を自然に体験し、そこから抜け出す力こそが、トラウマの悪影響を防ぐ鍵なのです。

なぜ野生動物の研究が人間の癒しに役立つのか?

トラウマは「心の弱さ」ではなく、「身体の自動的な生理反応」です。圧倒的な恐怖や危険を感じたとき、脳と神経系が自動的に「不動」反応を起こします。

この反応は、私たちの「本能的な脳」がコントロールしています。その仕組みは、インパラなどの動物とほとんど同じです。

人間の脳とトラウマ

人間の脳は大きく3つの層でできています。「爬虫類脳(本能)」「哺乳類脳(感情)」「人間脳(理性)」です。

命の危機にさらされたときに働くのは、動物と共通する本能的な部分です。そのため、野生動物の行動を理解することは、人間のトラウマの理解にもつながります。

しかし人間は、理性の働きによって本能的な反応を抑えてしまうことがあります。たとえば、「逃げたい」「叫びたい」と感じても、社会的な状況や羞恥心によって身体が動かない。その結果、心と身体が分断され、エネルギーが中に閉じ込められてしまいます。

この状態をSE™創設者のピーター・ラヴィーン氏は、「メデューサ・コンプレックス」と呼びます。恐怖で身体が凍りつき、その体験が心身にトラウマとして残るのです。

トラウマは誰にでも起こりうる

トラウマは、戦争や暴力の被害者だけが経験するものではありません。自然災害、事故、病気、手術、出産、愛する人の死など、私たちの日常にもそのきっかけはあります。つまり、トラウマはとても身近な現象なのです。

トラウマは「凍りついたエネルギー」

トラウマの原因は、出来事そのものではなく、そのときに動員されたまま解放されず、身体の中に「凍りついたエネルギー」が残ることにあります。このエネルギーが神経系に閉じ込められると、不安、抑うつ、身体の痛み、過敏さなど、さまざまな症状として現れます。

インパラの体内で起きていること

チーターに追われるインパラの神経系には、時速110kmで逃げるための莫大なエネルギーがチャージされます。「不動」状態に入っても、このエネルギーは内部に残っています。いわば「アクセルとブレーキを同時に踏んでいる」状態です。

このとき、身体の中では激しいエネルギーの渦が起きています。この「エネルギーの竜巻」が、PTSDの中心的な仕組みです。

残留エネルギーの影響と人間の不器用さ

野生動物は、危険が去ると身体を震わせてエネルギーを完全に放出します。ところが人間は、その本能的な反応を抑え込み、エネルギーを体内に閉じ込めてしまうことが多いのです。

それが、不安や抑うつ、フラッシュバック、身体症状などとなって現れます。私たちは、この「解放されないエネルギー」に囚われてしまうのです。

そのため、同じような危険な状況を無意識に繰り返してしまうことがあります。けれども、適切な支援や安全な場があれば、人はこの「凍りつき」から抜け出すことができます。

トラウマの変容と希望

トラウマを生み出すエネルギーは、正しく扱えば癒しと成長の力に変わります。そのエネルギーを安全に感じ、解放していくことで、心と身体が自然な調和を取り戻していきます。

それは、潮の満ち引きのように、自然のリズムとともに生きることを思い出すプロセスでもあります。トラウマからの回復は、私たちを再び「自然界の調和と愛の流れ」に戻してくれる贈り物なのです。

人間が本来もっている癒しの力

ピーター・A・ラヴィーンは、25年以上にわたりトラウマを抱えた人々と向き合う中で、確信するようになりました。それは、「人間には、自分自身を癒す力がある」ということです。

その力は、個人の回復だけでなく、戦争や災害のような大きなトラウマにも影響を与え、世界全体の癒しへとつながっていきます。

私たちは、自然と同じように「感じ、反応し、考える」ことができる存在です。だからこそ、最も深いトラウマでさえも、癒しへと変えていくことができるのです。

「なぜ苦しみが続くのか」「どうすれば癒しにつながるのか」トラウマとは何か

トラウマとは、心や身体が耐えきれないほどの強い恐怖や無力感を感じたときに起こる、深い心身の反応のことです。一般的には「命の危険を感じた出来事」などがイメージされますが、実際にはもっと広い範囲に存在します。

たとえば、事故や転倒、病気、手術といった出来事も、身体が「脅威」と感じた場合にはトラウマを残すことがあります。また、戦争や災害、暴力といった出来事が頻繁に起こる地域では、それらが「日常の範囲」と見なされることもありますが、人の心にとっては常に大きな傷となり得ます。

つまり、「何がトラウマになるか」は出来事の大きさではなく、そのときの心身の反応によって決まるのです。

トラウマの定義が難しい理由

心理学では、「トラウマとは通常の人間経験の範囲を超えた著しいストレス体験」と定義されることが多いです。しかし、「通常の範囲」や「著しい苦痛」といった基準は、人によって感じ方が異なるため、とてもあいまいです。

そのため、専門家であってもトラウマを「出来事」として捉えてしまい、実際に体や心がどう反応しているかを見逃してしまうことがあります。本当に大切なのは、「定義を知ること」よりも、「トラウマがどのように感じられるか」を体験的に理解することなのです。

トラウマの体験的理解 ― ある母親の例

ある母親は、息子さんが車にひかれる瞬間を目の当たりにしました。そのとき、心臓が胃の底に落ちたように感じ、体の血の気が引き、足が鉛のように重くなり、恐怖と無力感に襲われたといいます。やがて彼女は自分の感覚が遠のくような「解離」を体験しました。

このような体験は、頭では理解できないほどの衝撃の中で起こる、身体の本能的な防衛反応です。トラウマとは、まさにこのような原始的な反応として身体に刻まれるものなのです。

不動(フリーズ)」反応とトラウマ

1976年、アメリカ・カリフォルニア州チャウチラで、26人の子どもたちがスクールバスごと誘拐される事件が起きました。子どもたちは地下に閉じ込められましたが、奇跡的に生き延びました。ところが、事件直後の医師たちは「子どもたちは大丈夫」と判断し、心の傷への配慮はされませんでした。

その後の研究で、ほとんどの子どもたちが長期的な悪夢、暴力的な行動、人間関係の困難など、深刻なトラウマ反応を示していたことが明らかになりました。

一方で、14歳の少年ボブ・バークレイだけは異なっていました。彼は恐怖に圧倒されず、必死に動き続け、仲間と協力して脱出の道を掘り当てました。専門家は、この「動き続けること」こそが、彼がトラウマの影響を最小限にとどめた理由だと考えました。

人は極度の恐怖に直面したとき、「戦う(ファイト)」「逃げる(フライト)」「凍りつく(フリーズ)」という3つの反応を見せます。フリーズ反応は身体を守るための本能的な反応ですが、その状態が長く続くと、心身は「不動」のまま過去に囚われてしまいます。

トラウマが残るとどうなるか

未解消のエネルギーは、人生のさまざまな場面に影響を与えます。過度な警戒心や回避行動、逆に危険への衝動的な飛び込み、同じ苦しみの再体験など、さまざまな形で現れます。また、トラウマは人間関係や性的な体験にも影響を与え、抑制的・強迫的な行動として現れることもあります。

しかし、これらの症状は「心が壊れている」サインではなく、身体がまだ危険から守ろうとしている証拠です

 

トラウマを癒すために

トラウマの癒しには、「本能的な力を理解し、うまく活用すること」が大切です。私たちが脅威にさらされたとき、身体は自動的に反応しますが、その反応を最後までやり切れないと、エネルギーが体内に閉じ込められます。この未完了の反応を、安全な環境でゆっくりと完結させていくことで、心身は再び落ち着きを取り戻していきます。

トラウマとは「壊れた心」ではなく、「生き延びるための本能が止まったままの状態」です。そして、癒しとは、その本能がもう一度自然に動き出すことなのです。

トラウマは特別な人だけに起こるものではありません。誰の人生にも、心や身体が圧倒された経験があるかもしれません。大切なのは、「自分がなぜこのように反応してしまうのか」を知り、身体と心の自然な回復の力を信じることです。

成長と克服の象徴 ― 古木が教えてくれること

トラウマからの回復は、しばしば「古木(ふるき)」の成長にたとえられます。若い木が嵐や傷を受けながらも、その傷を包み込み、年月を経て美しい年輪を刻んでいくように、人もまた、傷を抱えたままでも成長し、深みを増していくことができます。

傷を否定したり忘れたりすることではなく、傷を自分の一部として取り込みながら生きることが、真の癒しにつながります。

トラウマは人間の普遍的な体験

トラウマは、最近になって話題になったものではありません。実は何千年も前から人類とともに存在してきた普遍的な体験です。近年、メディアや専門家によって注目されるようになりましたが、その治癒に必要な条件については、まだ十分に理解されていません。

身体と本能に鍵がある

トラウマの根源は、心だけでなく「本能的な生理反応」にあります。そのため、癒しの鍵もまた、思考や感情よりも身体の内側にあります。

トラウマを癒すために何年もかけて過去の記憶を掘り起こす必要はないと述べています。大切なのは、身体が自然に回復しようとする動きに意識を向けることです。それが、真の意味での癒しをもたらすプロセスなのです。

未完了の生理的反応

トラウマの症状の多くは、恐怖の中で中断された「身体の反応」が完結していないことに由来します。その未完了のエネルギーは、放出されるまで身体や心の中に残り、フラッシュバック、不安、緊張などの形で現れ続けます。

しかし、このエネルギーは「破壊的」なものではなく、癒しと変化の源として利用することができます。
 

窓ガラスに衝突した鳥の回復

窓ガラスにぶつかった鳥は、しばらくの間「死んだように」動かなくなることがあります。これは、恐怖の中で起こる本能的な「不動(フリーズ)」反応です。

しかし、もし子どもがその鳥を優しく手のひらで包み、静かに見守ると、鳥はやがて震え始め、よろめきながら立ち上がり、周囲を見回し、そして再び空へと飛び立ちます。このプロセスが中断されなければ、鳥はトラウマを残さずに回復します。

回復を妨げるもの

もしそのときに、子どもが鳥を強くなでたり、「大丈夫?」と急かしたりして回復の動きを止めてしまうと、鳥は再びショック状態に戻り、恐怖に怯えて死んでしまうことさえあります。

人間もまた、身体が「震え」や「涙」などを通して回復しようとする瞬間に、そのプロセスを抑え込んでしまうことがあります。それが、長引くトラウマ症状の原因になるのです。

人間にとっての癒しの条件

人間は「不動」から死に至ることはほとんどありませんが、心身の後遺症に苦しむことは多くあります。鳥の例が教えてくれるように、トラウマを癒すためには「静けさ」「安全」「保護された環境」が不可欠です。

友人や家族、セラピスト、自然の存在に包まれながら、身体がもつ自然なプロセスを信頼することで、トラウマ反応はゆっくりと完了し、全体性を取り戻すことができます。

 

オリバー・サックス博士の洞察

神経学者オリバー・サックス博士は、片頭痛の患者を観察する中で、興味深い現象を発見しました。

ある患者は、週末になると片頭痛の発作を起こし、その後に穏やかで創造的な状態に入ることがありました。しかし、薬で発作を抑えたところ、痛みだけでなく創造性までも失われてしまったのです。

生理的カタルシスとは

サックス博士は、発作の後に見られる「汗をかく」「尿を排泄する」などの反応を生理的カタルシス(浄化)と呼びました。トラウマの解放時には「温かい汗」や「身体のピリピリする感覚」がしばしば伴うことがあります。

これらは身体が自然にエネルギーを放出し、心身のバランスを取り戻そうとしているサインです。

症状を抑え込まないことの大切さ

震えや涙、汗といった身体の反応を無理に抑え込んでしまうと、本来持っている創造的な癒しの力が働かなくなってしまいます。薬が必要な場合もありますが、身体の自然なリズムを尊重することが何より大切です。

 

トラウマは病気ではなく、「安らぎのない状態」

1992年のニューヨーク・タイムズ紙では、当時の医学界の見解として「トラウマは脳を破壊する病気である」と紹介されました。しかしピーター・A・ラヴィーンは、この考えに異を唱えます。

トラウマとは「病気」ではなく、「安らぎのない状態」なのです。それは、身体が本来の柔軟で流動的な反応を失い、かたくなに防御を続けている状態を指します。

この状態にはまだ、回復の可能性を秘めたエネルギーが閉じ込められています。そのエネルギーを自然に解放できれば、人は再び安らぎと生命力を取り戻すことができます。

自然な回復を妨げないために

ニューヨーク・タイムズでは、研究者が「トラウマ反応の震えを止める薬」の開発を提案しました。ピーター・A・ラヴィーンは、薬物が一時的な安定をもたらすことを認めつつ、身体の自然な回復反応を長期的に抑制する危険を指摘しています。

1982年のナショナルジオグラフィック番組「ホッキョクグマの警告」では、麻酔から覚めたホッキョクグマが長時間震え続け、やがて通常の状態に戻っていく様子が記録されています。これはまさに、身体が自然にバランスを取り戻す過程です。

薬によってこの震えを止めてしまうと、トラウマが「完結しないまま」体内に閉じ込められてしまうのです。

 

過去を変えずに、今を生きる

ピーター・A・ラヴィーンは、トラウマは「癒せる」と明言しています。それは、過去を変えることではなく、今この瞬間に身体と心が安らぐ感覚を取り戻すことです。

つらい記憶を何度も掘り返したり、薬に頼りすぎたりする必要はありません。今この場で身体が安全だと感じられるとき、過去の痛みはもう「脅威」ではなくなります。そしてその癒しの波は、過去にも未来にも広がっていきます。

予防とサポートの重要性

トラウマは、癒すよりも予防することの方が容易です。自然な回復のメカニズムを理解し、身体と心を安全に保つことで、潜在的なトラウマ体験の影響を軽減できると考えられています。

もちろん、症状が重い場合には、薬や専門的な治療を受けることも大切です。それを恥ずかしいことと感じる必要はありません。自分にとって最も安全で穏やかな回復の道を歩むことが大切です。

「知らないこと」が私たちを傷つける

トラウマと現代社会

トラウマは決して特別な人の問題ではありません。事故、病気、暴力、自然災害、または日常の小さな出来事さえ、私たちの神経系に深い傷を残すことがあります。


しかし、それは「終身刑」ではなく、癒すことができる体験でもあります。回復のためには、私たちが「理性的な頭」だけでなく、「動物としての身体の知恵」を再び感じ取ることが必要になります。

原始的な自己を忘れた現代人

かつて人間は、自然と共に生き、危険を察知して全身で反応することで命を守っていました。その反応のなかで、爽快感・活力・生きる力が生まれていたのです。


けれど現代では、頭で考える力ばかりを使いすぎ、本能的な自己と切り離されてしまいました。この「動物でもなく、人間でもない宙ぶらりんの状態」が、私たちをトラウマに脆くしているのです。

健康とは、困難を超える力

神経系が健やかに機能するためには、「脅威を感じ、乗り越える」という経験が欠かせません。小さな成功体験が積み重なることで、私たちは自分を信じる力=レジリエンスを育てます。自然な感覚と本能的リソースにアクセスできる人ほど、トラウマを克服しやすいのです。

トラウマの現実と広がり

研究によると、約40%の人が3年間で重大なトラウマ体験を経験しています。米国ではホームレスの約30%がPTSDを抱え、家庭内暴力や幼少期虐待は何千万もの人に影響しています。こうした数字は、「トラウマは社会の中に浸透している」ことを物語ります。しかも、その多くが隠されたままなのです。心身症、慢性痛、原因不明の不安や抑うつ——その背景に、気づかれないトラウマが潜んでいます。

知らないことが私たちを苦しめる

「もう忘れなさい」「前を向いて」善意でかけられるこれらの言葉が、当事者には刃のように響きます。トラウマの理解が乏しい社会では、当事者は自分を「おかしい」と感じ、孤立していきます。誤診や過剰な薬物治療、誤った記憶の扱いも、さらに苦痛を深めることがあります。つまり、「無知」こそが二次的トラウマを生むのです。

トラウマを抱える人の現実

トラウマとは、「実際に体験していない人には到底わからない世界」です。恐怖・怒り・無力感・絶望が日常を覆い、身体も常に緊張し、痛みを抱え続けます。心拍の上昇、息苦しさ、胸や腹の痛みなど、神経系が過剰に働き続けるために起こる身体化症状。


その苦しみは、「このままでは生きていけない」と感じるほど深いのです。

「いやなことを忘れて前向きに生きる」という圧力

文化的な「前向き信仰」は、トラウマの癒しを阻みます。「もう終わったこと」「しっかりしなさい」こうした言葉は、感情の抑圧と否認を強化し、当事者の回復を遠ざけます。私たちは、癒しのために「感情を感じる権利」を取り戻す必要があります。

誰がトラウマを抱えるのか? 4つの要因

トラウマ反応を決定するのは、出来事そのものだけではありません。次の4つの要素が複雑に絡み合います。

  1. 出来事の特性:脅威の強さ・持続・頻度

  2. 状況の要因:サポートの有無・身体の状態

  3. 個人の特徴:体質・年齢・健康・発達段階

  4. 習得した能力:危険に対処する経験やスキル

 

同じ出来事でも、幼児と成人では全く違う影響を受けます。トラウマとは「出来事」ではなく、「その人の内側で何が起こったか」によって決まるのです。

危険に対処するための内的リソース

本能的な防衛行動(逃げる・戦う・凍りつく)は、命を守るための自然な反応です。しかし、それが途中で遮断されると、身体は「終わらなかった危険」を抱えたままになります。トラウマ回復の鍵は、途切れた防衛反応を安全な環境で再完了させることにあります。これはまさに、ソマティック・エクスペリエンシングで目指される回復のプロセスです。

トラウマを「個人の弱さ」ではなく、「生物としての自然な反応」です。私たちは理性と文化の名のもとに、本能的な知恵を忘れてしまった動物。しかし、その身体の声に耳を傾けるとき、癒しは静かに始まるのです。

 

フェルトセンス:身体の中にある答え

心理学者ユージン・ジェンドリンが提唱したフェルトセンスとは、「言葉にはならないけれど、身体で“なんとなく感じ取っている全体的な感覚」のことです。

たとえば、「なんだか胸の奥がざわつく・喉のあたりに重さがある・お腹の奥がほっと緩む」こうした曖昧で移ろいやすい感覚が、フェルトセンスです。身体の声を「観察し、手放す」ことで、凍っていたエネルギーがゆっくりと解けていくのです。

フェルトセンスを育てる小さな練習

トラウマケアでは、「無理をせず、今ここにある身体の感覚を少しずつ感じる」ことが大切です。以下のようなワークを、1〜2分でも構いません。

  1. イスに座り、身体が支えられている感覚を感じます。

  2. 肌と服の触れ合いに気づきます。

  3. 皮膚の奥のほうで起こっている、小さな動きや温かさを感じます。

  4. 「今、少しだけ心地よい場所」が身体のどこにあるかを探してみましょう。

 

「からだが語る声に、耳を傾ける」それが、トラウマを凍結から解放へと導く第一歩になります。

 

ゆっくり進むことで、はやく癒える

トラウマの癒しは、「正面から立ち向かう勇気」よりも、「やさしく見守る忍耐力」によって進んでいきます。フェルトセンスを通して、私たちは思考ではなく身体を通じて生きていることを再体験します。トラウマの中に閉じ込められていたエネルギーが解放されるとき、そこに生まれるのは苦しみではなく、静かな明晰さと生命力です。

爬虫類脳の声を聴け:本能が導くトラウマからの回復

私たち人間は、「理性的な存在」として進化してきた一方で、身体の奥深くには原始の記憶を宿しています。それは、はるか昔、地球上に最初の生命が誕生したときから脈々と受け継がれてきた「生き抜くための知恵」。この知恵こそが、心理学で言う「本能的な治癒力」です。

トラウマの回復には、言葉よりもまず「身体との再接続」が必要だと多くの臨床家が指摘しています。なぜなら、私たちの神経系は、哺乳類だけでなく爬虫類や原始的な生命体とも共通するサバイバルの回路でできているからです。

動物に学ぶ「回復の知恵」

自然界の動物たちは、危険な体験をしても、長く苦しむことはありません。捕食者に追われ、命からがら逃げ切ったあとでも、彼らはしばらく震え、体を揺らし、そして穏やかに日常へ戻っていきます。その「震え」こそが、神経系がトラウマ反応を放出し、元の安定状態へ戻る自然なプロセスです。

人間がトラウマを慢性化させやすいのは、この自然な回復反応を思考や理性で「止めてしまう」からかもしれません。「泣いてはいけない」「怖がってはいけない」「もう終わったことだ」と自分に言い聞かせ、身体が終わらせようとしているプロセスを遮断してしまうのです。

SE™のカウンセリング(心理療法)

カウンセリングでは、言葉を使った対話だけでなく、身体感覚を丁寧に聴くことを大切にしています。フェルトセンスを通して「身体の声」を聴くと、思考では届かなかった自己治癒力が目を覚まします。

あなたの中にも、ずっと昔から受け継がれてきた「生命のリズム」が息づいています。それにもう一度同調するとき、心と身体の深い部分から、回復が静かに始まります。

トラウマの「凍りつき」と回復の仕組み

トラウマの症状は、私たちの身体が危険を感じたときに起こる自然な防衛反応から生まれます。危険を感じたとき、私たちはまず「闘う」か「逃げる」ことで身を守ろうとします。しかし、そのどちらもできないほど圧倒されると、身体は最後の手段として「凍りつく(不動化)」状態になります。

本来なら、闘ったり逃げたりすることで放出されるエネルギーが、動けないまま体の中に閉じ込められてしまうのです。そうして動けない状態が長く続くと、心や身体にさまざまな不調が現れ、トラウマの症状が形づくられていきます。

人間は理性を司る大脳が発達しているため、この自然な回復の流れを「止めてしまう」ことがあります。たとえば、「震えてはいけない」「泣いたら負けだ」といった思考が、身体が本来持っている解放の動きを妨げてしまうのです。その結果、身体のエネルギーが出し切れず、症状が長く続くことになります。

動物は危険が去れば自然と体を震わせてエネルギーを放出しますが、人間は「動けない自分=死んでしまうのでは」という恐怖を抱きやすく、その恐怖が回復を妨げてしまうこともあります。

回復のためには、まず身体が「今は安全だ」と感じられることがとても大切です。安全な場の中で、少しずつ身体の感覚(フェルトセンス)に気づき、感じる練習をしていくことで、凍りついたエネルギーはゆっくりと解けていきます。無理に思い出したり、感情を強く引き出したりする必要はありません。

トラウマの症状は、苦しいものである一方で、身体なりに過剰なエネルギーを抑えようとする「安全弁」としての側面もあります。ただし、それが長く続くと日常生活を妨げるため、専門家とともに少しずつ身体の自然な回復力を取り戻していくことが大切です。

以上の内容は、『ソマティック・ エクスペリエンシング 入門 トラウマを癒す内なる力を呼び覚ます』 ピーター・A・ラヴィーン、アン・フレデリック、訳=花丘ちぐさ:の内容から心理教育用に構成したものです。

bottom of page